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Dears 北原孝彦 × アフィリエイター”パシ” インタビュー【中編】アフィリエイト界隈で誰もが知るパシ氏が「死のう」と思ったあの頃の話

2018.4.12 FEATURE

パシさん

前編では美容室Dearsを経営する北原氏をメインで取り上げましたが、中編では北原氏を紹介してくれたパシ氏のお話を中心に進めていきたいと思います。パシ氏と言えばアフィリエイト界隈では知らないものはいない程の有名人。以前より取材を申し込んでいたものの、難色を示され続けておりましたが、今回ようやくOKが出ました。パシ氏の知られざる過去。こんな人生だったのかと驚きました。ぜひ最後までお読みください。なおパシ氏本人の強い希望により顔出しはNGとなっております。
 
Dears 北原孝彦 × アフィリエイター”パシ” インタビュー
【前編】元アフィリエイターが全国展開を目指す?異色の美容室経営者 北原孝彦の挑戦
・【中編】アフィリエイト界隈で誰もが知るパシ氏が「死のう」と思ったあの頃の話
【後編】「少しでもいいから毎日前に進むことが大事」

 
 

高校を卒業して就職したけど、入社式で辞めた。

 
大柴:さて次はパシさんにお話を伺おうかと。
 
パシ:もっと北原さんの話を聞いた方が?
 
大柴:あとでまた聞きますので大丈夫です(笑)。パシさんと言えばアフィリエイト業界で広く名の通った方ですが、僕がパシさんに初めてお会いさせていただいたのは…調べてみたら2012年11月のようです。もう5年半も経つんですね。最初はサムライファクトリーでSEO担当やってた人からの紹介みたいな感じで飲み会に参加して、そこから個別でお会いさせていただくようになって。
 
パシ:そうですね。懐かしいですね。
 
大柴:そんなパシさんですが、パシさんがアフィリエイトに出会ってからのことはパシさんの『アフィリエイト野郎』などでも書かれていますが、それ以前のことってあまり語られてないような気がします。Twitterなどで「昔はクズだった」みたいなことをたまにつぶやかれていますが。
 
パシ:クズだったんですよ。
 
大柴:いやいや(笑)。とりあえずパシさんの学生時代から聞いていきます。
 
パシ:中学まではある程度成績は良かったです。ただ常にやる気はあまり無いというか、何かに本気で取り組んだことがないですね。熱中するものもない。全てのことがめんどくさく感じてましたね。高校も別に行きたい学校とか無いので一番近いとこでいいやといった感じで。全く先のことを考えずに生きていました。その考えのまま30歳くらいまですごしていた気がします。
 
大柴:なるほど。僕も口癖が「めんどくさい」なので気をつけないと…。高校卒業後は?
 
パシ:高校を卒業して某スーパーに就職したんですけど、入社式で辞めました。
 
大柴:え?(笑)
 
パシ:入社式で、同期の人が「給料はいくら貰えるんですか?」みたいな質問をしてて、それ今頃確認するの?そして今聞くことか?という出来事があって、さらに、みんなで社歌みたいのを歌うんですよ。それで、なんか違うなと。
 
大柴:なるほど。そもそもスーパー、小売り業界に行きたかったんですか?
 
パシ:いや、全然。元々そのスーパーでバイトしてたんですよ。そのまま新卒入社。入社するつもりは無かったんですけど、ちょっと理由があって…。
高校に原付バイクで通っていたんですよ。通ってた高校は原付バイク禁止だったんですけど。それで先生に見つかって原付免許を没収されました。高校3年になった時に普通免許を取りたかったんですが、原付免許を持っている人は、教習所に通う際に免許を提示しないといけないんですよね。その高校で、唯一教習所に通ってよい条件が「就職が決まっている」ことだったんで、教習所に行くためにとりあえずバイト先のスーパーに就職することを決めて、内定をもらい免許を返してもらいました。
 
大柴:免許取るための手段としてやむなく就職先を決めたんですね。
 
パシ:そうです。それで就職したんですが、さっき言ったように入社式で辞めました。もともとやる気もなかったし。
 
 

勤めていた工場を「明日から行くの辞めよう」と行かなくなり、面接で受かったIT企業には初出勤の前に辞めた。

 
大柴:スーパーを辞めた後どうしたんですか?
 
パシ:半年くらいは何もせずにプラプラしてました。就職と同時に実家を出て、姉と住んでいたんですよ。実家を出るにあたって「独立資金」みたいな感じで親から100万円くらいかな?貰っていたんです。そのお金で暮らしてました。けど、半年くらいして「そろそろ働かなきゃな」と思って派遣で工場に勤務することになったんです。
 
大柴:そこを決めた理由は?
 
パシ:時給が良かったんですよ。それに工場なので人員があまりいなくて、かと言って単純作業というわけでもなく、わりと居心地の良い職場だったんですよね。
 
大柴:へー、そうなんですね。その仕事は長くやっていたんですか?
 
パシ:9ヶ月くらいですかね。ある日、「明日から行くの辞めよう」って思って。
 
大柴:え?
 
パシ:突然そう思ったんですよ。なので退職した理由とか特にあるわけではなく、9ヶ月くらいで辞めました。
 
大柴:わりと無茶苦茶ですね…(笑)。工場を辞めた後は?
 
パシ:半年〜1年くらいはプーです。何もしてませんでした。パチスロばかりやってましたね。その後、その流れでパチンコ屋でバイトを始めたんです。友達もできたし、時給も悪くない。特に悪いことは無かったので5年くらいやってました。「このままでいいのかな?」と思うときもありましたが、惰性で続けていました。その頃「宅建」とかの資格を取ったりもしてたなぁ。「このままではダメだ。抜けださなきゃ」とは心のどこかで思ってたんでしょうね。でも不動産屋で働くつもりはありませんでした。ちなみにパチンコ屋は「ちゃんと」辞めました(笑)。
 
大柴:なるほど(笑)。それでパチンコ屋のバイトを惰性で5年続けた後は?
 
パシ:派遣でケーブルテレビの顧客対応業務をやってました。コールセンターというわけではないんですが、顧客からの電話を受けて対応するような仕事でした。そこは1年半くらいいて、その後はとあるプロバイダのコールセンターで顧客対応の仕事をしてました。そこは1年くらい。
 
大柴:コールセンター辞めた時は何歳くらいですか?
 
パシ:27歳かな。この時も仕事行くのが嫌になって辞めました。
 
大柴:なるほど。その後は?
 
パシ:ケーブルテレビ時代にシスアドの資格を取ったり、コールセンター時代にFP3級や証券外務員二種とかの資格を取っていたので、どれかが活かせる仕事を探していて、IT系の会社の面接に受かったんですよ。でも働き始める前に、急に不安になって電話で断りを入れて辞めました。
 
大柴:入社以前に(笑)。
 
パシ:その頃あまり働く気が無かったんですよ。でも働かないと食っていけなくて。そんな時に昔からの友人と連絡する機会があったんですが、仕事をしていることを伝えたら、その友人から「ウチで働く?」って言われて。その友人は当時エクステリアの会社で部長か何かをやってて。誘われたんで、そこの会社で働くことになったんです。
 
大柴:良いじゃないですか。
 
パシ:はい。でも1年もいなかったかな。入社した後に会社に外部のコンサルが入ったんです。業務改善か何かで。その結果、社内がぐちゃぐちゃになったんですよ。それで辞めました。他の人達もみんな辞めました。僕を誘ってくれた友人も一緒に辞めてしまって。
 
大柴:なるほど。ぐちゃぐちゃにならなければもう少し働いていたんですかね?
 
パシ:どうかな。あんまりやる気なかったので、途中で一ヶ月くらい休んだりしてたからね。勝手にプレッシャーを感じて急に行くのが嫌になってしまって、無断欠勤した後にメールで友人に辞めたいということを伝えて急に行かなくなりました。当時はとにかく人と関わるのが嫌で責任のある仕事をするのも嫌で。引き止められたんですが、その時にレーシック手術を受けたくて、「レーシック受けるので一ヶ月休みます」とか言ってとりあえず休むことにしました(笑)。実際レーシックは受けたんですが、一ヶ月も休む必要は無いですよね(笑)。
 
大柴:そうですね(笑)。
 
 

友人が始めたWeb制作、SEOの仕事を手伝い始めるも、将来に悲嘆し、死に場所を求めて実家へ

 
パシ:やる気も無いし、会社もぐちゃぐちゃしてたので、エクステリアの会社は1年くらいで辞めました。エクステリアの会社に誘ってくれた友人が退職後にWeb制作の仕事を始めたんですよ。彼はエクステリアの会社で働く前はWeb制作の会社を経営してて。その流れで彼はエクステリアの会社を辞めたあとにWeb制作とSEOの仕事を始めたんです。それで自分も彼の仕事を手伝うことになったんです。社員というわけではなく、個人の請負のような形態でした。この友人とは最終的に喧嘩別れのようになりましたが、当時かなり助けてもらったので今でも感謝しています。
 
大柴:制作とかSEOの知識はそのときパシさんは持っていたんですか?
 
パシ:いや、ゼロです。でも何となくSEO担当のようになってしまったので、海外のSEOサイトや国内のサイトなどを見たり、本を読んだりして勉強しました。
 
大柴:そうなんですね。ちなみにそれは何年頃になるんですか?
 
パシ:2007年か2008年か、それくらい。会社に所属してたわけではないので、友人の手伝いとパチンコで生活してました。勉強がてらSEOブログも立ち上げて、情報発信も始めました。友人経由での案件の他、個人でもSEOコンサルを始めたりもしてましたね。表向きにはSEO屋さんでしたが、実際はほぼパチプロでしたね。ただ、SEOは人と会わなくてすむし、作業に没頭できるので向いてはいました。
 
大柴:20代後半から30歳くらいですかね。
 
パシ:そうですね。そんな生活を送ってたんですが、わりと2009年、2010年は鬱状態で。2010年の一番ひどかった時はパニック発作のような感じで、家に長時間いることができなくなっていました。家にいると動悸がしてきてじっとしてられないので、何も用事は無いけど日中は外を歩き続けました。10時間くらい。その頃、自殺願望が出てきて精神科にも通っていて、抗不安薬と抗うつ剤を飲んでいたんですけど、抗不安薬の効果が切れたときの焦燥感と動悸がすごくて、次の薬を飲むために薬を飲んでいるような状態で、薬で病気は治らないと思って勝手に自分で飲むのをやめました。それからは、ひたすら昼間は外を歩き、夜は酒を飲み、そのまま寝る。そんな生活でしたね。疲れてるので寝付きは良かったです。毎晩、明日の朝、目が覚めないで欲しいと願って寝てましたね。
 
大柴:なるほど…。
 
パシ:あるとき、このまま頑張ってもたぶん普通の人レベルにいくのがやっとだし、それなら生きてる意味がないので死のうか…と思って。色々な死に方を調べた結果、首吊りが最適だということがわかって、死に場所としてどこがいいかを考えた結果、賃貸だとその後が大変だし、実家がいいんじゃないかという結論に至ったので、身の回りの物を捨てて、身辺整理をした後に母親に連絡し、実家に戻りたいことを伝えるために一度実家に行きました。
 
大柴:(ゴクリ…)
 
パシ:実家に行った日、偶然弟が帰省してたんですよ。
 
大柴:偶然?
 
パシ:偶然。弟は一人暮らししてたんですが、たまたまその日に実家に用事があったらしく。それで弟に「実家に戻ろうと思ってる」と話したんですよ。死ぬためにとは言えないので「生活費を抑えるために」とか理由をつけて。そうしたら弟が「じゃあ一緒に住む?」と言ってきて。なし崩し的に弟と住むことに決まってしまったんです。それが2010年の10月頃の話。
 
大柴:運命的な出来事ですね…。もし弟さんがその日に偶然実家にいなかったら…。
 
パシ:まぁ死んでたでしょうね。たぶん。
 
北原:弟さんに感謝ですね。
 
大柴:いや、ほんとに。
 
 
パシさん北原さん

アフィリエイトに本格的に取り組み、2014年に法人化するも「売上がある程度出てきて、安定すると疲れてきちゃった(笑)」

 
大柴:パシさんが本格的にアフィリエイトを開始したのは?
 
パシ:2011年からです。さっき話したようにSEOブログは2008年くらいからやってましたが、アフィリエイトサイトは2010年に初めてちゃんとしたのを作りました。でもこのサイト、株のサイトだったんですが、全然成果出せなくてね。それで完全に人生が詰んだなと思って死を意識し始めました。
 
弟と一緒に暮らすようになって、しばらくは調子が悪かったのですが、話し相手がいるだけでも今までとはだいぶ状況が違ったみたいで、徐々に気持ちが変わってきました。それで、もう一度本気でアフィリエイトに挑戦してみようと思い、2011年から本格的にアフィリエイトに取り組むようになりました。徐々にやる気も出てきたんで。でもアフィリエイトに関しての知識はまだあまり無かったので、勉強がてらアフィリエイトブログを立ち上げました。それが『アフィリエイト野郎』です。
 
大柴:僕もたまに読ませてもらってます。2011年以降の紆余曲折は『アフィリエイト野郎』にけっこう書かれていますので、割愛するとして、2014年には法人化されますね。
 
パシ:そうですね。売上がそれなりに上がってきていたので、法人化することにしました。事務所を構えて、スタッフを雇ったり、組織化したりしたんですが、疲れちゃって。いまはオフィスでの作業はせず、スタッフも在宅で作業してもらってます。
 
大柴:そうなんですね。
 
パシ:売上がある程度出てきて、安定してきて疲れがどっと出ちゃいました。
 
 
 
Dears 北原孝彦 × アフィリエイター”パシ” インタビュー
【前編】元アフィリエイターが全国展開を目指す?異色の美容室経営者 北原孝彦の挑戦
・【中編】アフィリエイト界隈で誰もが知るパシ氏が「死のう」と思ったあの頃の話
【後編】「少しでもいいから毎日前に進むことが大事」
 
 
 

竹内潤平”パシ”(たけうち じゅんぺい) @pacificus
30歳を過ぎるまで定職に就かずというか就けず路頭に迷うが、アフィリエイトに出会い人生が一変する。2011年にアフィリエイト野郎を開始し、本気でアフィリエイトに取り組む。元々SEOの知識があったことや、Twitterを通じて相性の良いWebデザイナーさんと知り合えたことで、売上が伸びる。2014年に法人化し、現在は従業員7名(バイト含む)の会社を経営。アフィリエイトを中心としたネット広告事業を展開。サイトは会社の資産と捉えて鋭意制作中。今後はベンチャー投資やリアルビジネスに挑戦したいと思っているが、2018年4月現在何もやる気がしないので、絶賛ソシャゲ中・・・「私のような社会不適合者でも、自分の力が発揮できる場所で、死なない程度に本気で頑張れば人生が変えられる」ということを、一人でも多くの人に伝えていければといいなと思っています。好きな言葉は「1ミリでも前へ」。
株式会社アルビノ
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北原孝彦(きたはら たかひこ) @kitahara64
美容室のマネージャーという経歴をもちながら「トニー北原.com」メディアを運営。『思い描いた未来を具現化する』をモットーに美容サロン「Dears(ディアーズ)」を地元長野にて2015年に開業、翌年には2店舗目を展開。立ち上げる美容室は「全室個室」「店長を作らない個が責任者」「全員女性スタイリスト」「仕事が終わったスタッフから帰宅」「週休3日制」など独自の考えを元にリピート率90%以上、離職0、入社希望のスタッフが順番待ちになる状態を作る。アフィリエイトで培ったスキルとリアル店舗を融合させた独自のweb戦略とでお客様が集まる空間をカタチに、入社したスタイリストは6ヵ月で予約が1ヶ月先まで埋まるプレイヤーに成長する。自身も独立から1年7ヶ月でハサミを置き完全経営者にシフト、スタッフに常に新しい未来とステージを提供し続ける。現在ディアーズは35店舗まで拡大。将来の夢は若者に勇気と笑いを与え「失敗してもいい」を伝えられる講演家。
美容サロン「Dears(ディアーズ)」
北原孝彦の公式ホームページ

 
 

インタビュー、テキスト、編集、写真:大柴貴紀